地獄の三銃士
また入院しています。
いつもの通り大丈夫なやつなので今回も大丈夫なんですけど、ただ、少し不安に思っていることがあります。
入院というのは、個室でもとらない限り他人との共同生活を強いられるもので、普段と比べるとプライバシーもだいぶ失われます。そういう環境では、いつも過ごしているマンションでは有り得ないような事態に遭遇することもしばしばで、人間としての真価が問われているなと感じるわけですが、これまでの幾度かの入院経験を経て、僕の中でひとつの疑惑が生じていることに気づきました。
それは、「僕の真価はもしかしたら激安なのかもしれない」という疑惑です。真価が問われるたびに、安値を更新している気がしてならないのです。
要するに、入院のたびに性格が悪くなっている気がして、それが不安だという話です。
もっと要すると、同室の入院患者にムカついているという話でもあります。
入院し始めましたのは先週のことです。
初日は手続きくらいしかすることがないので気楽に過ごしていたのですが、なんとその日の内に、同室の患者三名のことを全員嫌いになりました。
理由はすべて音にまつわるもので、彼らはおなら、話し声、いびきという、それぞれ特化した騒音技能を備えていました。
なのでその日の夜、いびきが本領を発揮し始めたころに、僕は彼らのことを「地獄の三銃士」と呼ぶことにしました。
一度ムカつき出すと、その感情は坂道を転げるように勢いづいていくもので、数日後には三銃士の一角がシェーバーでひげを剃る音にもムカついてしまいました。
僕もひげは剃るのでそれ自体は別に構わないのですが、一回長めに「ヴイーン」って鳴らして、「やってるな」と思ってたら音が止まって「終わったな」と思ったら、数分後にまた「ヴイーン」て鳴り始めて、「またかい」と思ってたら音が止まって「終わったな」と思ったら、数分後にまた「ヴイーン」て鳴り始めて、「粘るなあ」と思ってたら音が止まって「終わったな」と思ったら、数分後にまた「ヴイーン」て鳴り始めて、というのをやられたので、「一回目のヴイーンで終わらせんかい!!」と思ってしまったのです。
口には出していないです。カーテン越しに隣のベッドから「一回目のヴイーンで終わらせんかい!!」と聞こえてきたらめっちゃヤバいのでそこは考慮して黙っていたのですが、心の声は止められませんでした。
ひげ剃りひとつとっても「ムカつく剃り方」というのが存在するんだと知れたのは学びでした。
そんな細かいことにムカついても仕方がないし、今は別にムカついてもいないのですが、ムカつきというのは急にやってくるものですし、その鮮烈な感情に心動かされたのも事実なので、こうして記録しておこうと思った次第です。こうして自分の感情を整理しておけば、備えができて、今後はムカつかずに済むかもしれません。
ちなみに、入院二日目の朝に目を覚ますとMAXの音量でアラームが鳴りまくっていて、誰だよと思ったら僕の携帯だった。ということもありました。
なので地獄の三銃士は実は地獄の四天王だったのですが、まあ、それはいいでしょう。
間違いは誰にでもあるので、許していきたいところです。